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8.此花乃井
蔵屋敷跡地に建つ江戸堀小学校
意外な数奇の運命をもつ明治天皇ゆかりの此花乃井

 この井戸は江戸時代に石見国津和野藩亀井氏の蔵屋敷の井戸であったものだ。
 明治元年の明治天皇大阪行幸の際に、津村別院の天皇行在所へこの井戸の水を汲み上げて「玉水」(土佐堀の玉の井の水)として献上したところからさらに著名な井戸となった。「摂津名所図会」には「玉乃井」の記述のみしかなく、「花乃井」がどれほど世間に知られていたかは定かでない。
大正初期の「此花乃井」
 明治二年の版籍奉還とそれに伴う同四年の廃藩置県によって津和野藩の蔵屋敷は官に収められ同五年に江戸堀小学校となったが、この井戸は維持管理された。
 江戸堀小学校は明治十七年に木造二階建ての立派な校舎に建ちかわり、明治天皇の事績が定まった明治四十二年五月に、地域有志が「此花乃井」の顕彰碑を建立し、保存の道を講じた。しかし、大正十年の鉄筋校舎の工事の際には運動場整備の必要上、石蓋をして埋めてしまった。
 再度、陽の目をみたのは江戸堀町会連合会が名水保存のため復元した昭和十五年十一月からであり、それが花乃井中学校になってからも校庭に保存管理されていた。今は位置を校舎東北隅に移動させ、この地を訪れる人が直ちに捜し当てられるようにしている。
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