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7.安治川川底トンネル

トンネルのエレベーター入口
 渡し船の風情はかき消えて此花区への最短道路はいま

 ここは昭和十九年までの源兵衛渡しの場所である。戦争の最中で資材不足の時であったが、輸送力の増強という至上命令で昭和十九年九月に完成に漕ぎ付けたものである。西区側にも此花区側にも歩行者用と車両用の両方のエレベーターで17メートルほど地上から下り川底の通路を通って対岸に出るようになっていた。
渡し船のある大正期の安治川
 道路事情の悪かった戦後の西大阪ではすばらしい威力を持つ動脈道路であり、特に車両通行に貢献した。一時は、通り抜ける車が順番まちの列をなし排気ガス公害を周辺にまき散らした。それでも1日1500台が限度であったらしく、また、車両の大型化がエレベーター乗り入れの障害となった。
 そのため、高速道路やバイパス道路により周辺の交通が緩和された昭和五十二年二月二十日に閉鎖された。しかし、歩行者用トンネルは、その後の湾岸再開発が軌道に乗ったことと平行して利用頻度が高まり、トンネル施設とともに西大阪の名物の一つとして市民に愛用されている。
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