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16.現代の建築
長瀬産業ビルと並ぶ駐車場ビル
建築家が腕競う四つ橋筋 二十一世紀建築は西区から

 都市づくりの立場から眺めると、この十年ほどの間にわれわれの地域は大きな再開発が公民両面から行われたといえる。それまでの街区の景観が急速に打ち消され、新しいスタイルの街並が区内各所に出現した。ことにそれは木津川以東に顕著で、やがて以西にも及ぼうとしている。
 このことは急速な定住人口の過疎化現象が見られた昭和五十年代前半に端を発する。当時の四つ橋交差点の眺望は、むしろ地方都市にもしばしば見受けられるものであった。
肥後橋の大同生命ビルの新感覚
 しかし、西長堀川が道路に生まれ変わった後の周辺街区の変貌は著しく、長堀通の南側の材木問屋街などはマンションの立ち並ぶたたずまいに一変した。
 そして、明治・大正期のメインストリート四つ橋筋のモダーン・シティ建築は保存を望まれながらも、装いも新たな大阪を代表する格調高い建物に建て替えられて新風を送り込んだ。更に、最近には京町堀通にも時代を先取りした現代建築が建物の前面空間を与えながら建ちはじめている。
15.昭和橋 ← 16 → 17.モダーン・シティ当時の建物



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