[an error occurred while processing this directive]
29.新町北公園の桜
見事に咲き誇る現在の桜花
史実と伝統のはざまに百花繚乱の春の宵

 当区の公園には必ず桜の樹が何本か植えられている。なかでも、新町北公園の桜樹は江戸時代の新町九軒の桜堤に由来する。
 九軒町は江戸時代初頭に幕府が公認した新町郭(くるわ)の中でもひときわ格式の高い町筋であり、近松作品の「夕霧阿波鳴渡」で知られた吉田屋がその中核をなしていた。
 
ボンボリが配された往時の桜堤
 元禄七年(1694)没の芭蕉が「春の夜は桜にあけてしまひけり」と詠み、享保九年(1724)没の近松が「桜まで郭の夜のつとめかな」と詠み、安永四年(1775)没の加賀の千代が「だまされて来て誠なりははつ桜」と詠むが、暁鐘成は「文政二年(1819)より揚屋の前に桜を植えつらね」(摂津名所図会大成)と桜堤の創始を示していて、忠実との接点に興味を感じる。
 しかし、ここに桜樹を植え、花街に花を咲かせて、新町かいわいの情緒をよりいっそう盛り上げ賑わったことが伝えられている。
 戦後の新町北公園にその伝統がひしひしと迫ってくるのを感じずにはおれない。
28.初世中村鴈治郎 ← 29 → 30.せともの祭り



[an error occurred while processing this directive]